「感想戦」について

最近、一般の報道番組に呼んでいただくときによく、「感想戦」について質問されることがあります。
打ち合わせのときに下調べしていらしたり、CMの合間に隣の方に聞かれたり、映像が流れたときにアドリブで質問されたり、いろいろです。

勝者と敗者が一緒に、勝敗に関係なく終わったばかりの対局を振り返るというのは、スポーツの世界などと比較するとかなり意外で、注目されることが多いようです。
実際、将棋界ならではの、美しい光景だと自分でも思います。
対局では勝敗を争うわけですが、ひとたび終われば敗者は悔しさを内に収めて、勝者は結果に奢らず相手への敬意を持って接し、お互いの意見を述べ合って盤上の真理を追究します。

何のためにやっているのですか?という質問に対しては
(1)最善手の確認、真理の探究の場
(2)ひいてはお互いの技術向上の場
(3)今後も見据えての、勝負の場(読み筋でも「すごい」と相手に思わせる)
(4)観戦記者への解説、説明の場
だいたいこんな感じです。
(3)や(4)はトッププロならではとして、(1)や(2)はこれから強くなろうとする人にとっては特に大切で、我々は子どもの頃から習慣として身についていますし、アマチュアでも強い人になるほど、きちんと感想戦を行うことが多くなります。

また、「義務なのですか?」と聞かれることも多いのですが、別に義務ではありません。
ルールではもちろんないし、マナーかと言われると、それも違うような気がします。
しかし、現実にはほとんどの棋士が、自然と行っています。
(かける時間の長さには個人差が大きくあります)

独特の習慣であり、美徳でもあり。将棋という伝統文化の世界には、こうしたルールとして明文化はされていない事柄が多くあります。
たとえば、駒箱を上位者が空ける前に一礼する、など開始時・終局時の作法とか。
投了前にすこし気息を整え、身のまわりも整えてみたりとかも、棋士によってルーティーンはさまざまながら、何らかの形で「美しさ」について考えている人が多い気がします。
プロの世界、伝統の世界ですので、そうした精神文化は、とても大切なものだと思います。

以上、最近はもしかしたらテレビのディレクターの方々なども、読んで下さっているかもしれないので、書いてみました。
将棋ファンにはおなじみでも、普段ご覧にならない方にはちょっと意外な光景というのは、いまの機会に広く知ってもらえるようにできたらと思いますね。
さらに興味のある方は、安次嶺先生のコラムもぜひ読んでみてください。

 

2件のコメント

  1. あれ?
    先日の藤田女流の文章のリンクは貼らないのでしょうか?
    片上先生もtwitterで微妙に褒めてたように思いましたが……

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