「将棋ファン」の話

将棋界は、プロとファンの距離が近い世界とよく言われます。
たしかに、人数はかなり少ないのに、知名度はそれなりにあって、すぐ(物理的な意味でも、金銭的な意味でも)会いに行けるプロの世界というのは、珍しいかもしれません。
野球選手にキャッチボールしてもらおうと思ったら、ハードルはかなり高いですからね。

プロ棋士が、こういう記事を書くのはおかしいのかも?とも思いつつ。
ファンから見てプロが近いということは、その逆もまた然り。とも思います。
最近の盛り上がりを中から眺めていて、将棋指しより将棋ファンになりたいと思うこともたまにあります。
そういうわけにはもちろんいかないので、すぐ自分で否定しますけどね。

 

ということで将棋ファンの話。
長い前フリでしたが昨日、雨続さんのラジオ解説を聞きました。
その記事がこちら
これで内容がよくまとまっていると思いますが、熱心な方は探して聞いてみましょう。(7/21までのようです)

「〇〇将」という言葉が聞かれるようになったのは、いつの頃からなんですかね。
〇の中身はいろいろ当てはめられそうで、こういうのを考えるのはけっこう好きです。
自分のことを考えてみると、まあ一応プロの将棋指しですから「指す将」なのは当たり前として、でもそれより上位にきそうなのが「読む将」と、あと「語る将」かなと思います。
「観る将」は自分の場合は棋譜中心だし、何より勉強のためだからこれはちょっと違うかもしれません。

昔から、何事も実践より理論が得意なタイプで、うんちくをたれるのが好きでした。
いまでも将棋の歴史だったりマメ知識だったり、あるいは盤上の話題でも戦法の変遷や由来やその背景などを、解説するのはけっこう得意だと思います。
将棋関係の本は毎年かなりの数、買っています。たぶん棋士の中でもかなり上位でしょう。
書くことも語ることと同じぐらい好きですが、どちらかと言うと得意なのは話すことのようです。
これは自分でもやや意外で、最近ようやく気がつきました。

いろんな属性(?)の方がいるということが、その世界を豊かにすると思います。
最近の言葉で言えば、ダイバーシティーです。
自分なりの、いろんな楽しみ方を見つけてほしいですね。
それが許される世界なのはもちろんのこと、どの入り口から入っても、いくらでも深く潜っていけるだけの奥行きがあるのが、将棋の世界の特長だと思います。
「沼」という表現はなかなか言いえて妙と思いました。

 

さて「将棋が好き」は同じですがプロとファンの一番の違いは、やはりプロはその世界に責任を持たないといけないという点かなと思っています。
イケメンでもなければそんなに強くもない僕ですが、自分にしかできない役割もきっとあるし、たとえば対局中の手つきだとか、立ち居振る舞いはきちんとしてなきゃなと改めて思いました。

ファンは、自由で、無責任で、それこそどんな楽しみ方をしても良いと思います。
(指すときは相手がいるので別ですが、一人で楽しむ分には、の意です)
そうすることでこそ将棋の世界がいっそう広がりを見せるし、その方の人生も豊かになると思うので。

ということで、今日は「ファン」というキーワードを軸に、すこし語ってみました。
それでは日曜日のひととき、NHK杯でお楽しみください。

本人がこう書いていて、これはかなり期待大ですよ。

それと日曜日ですが竜王戦決勝トーナメントも行われます。
今日も将棋充ですね。

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