叡王戦

一昨日の叡王戦第3局は、大方の予想通り横歩取り、から終盤での千日手でした。

連続王手のみでの千日手は反則ですが、本局のように王手でない手と王手が混在している場合は、通常の千日手と同じ扱いで、引き分け(指し直し)となります。
(▲4一飛成や▲4二同竜は王手ですが、▲3一飛は王手ではないのでセーフ。これが王手だと先手が負け)

先日師弟戦の杉本ー藤井戦が千日手になったことでお茶の間に将棋用語がまたひとつ届いたのは記憶に新しいところですが、本局のケースは将棋ファンの方でもあまり目にしたことがないという方も多いかもしれません。
そもそも千日手というのは、プロの対局以外ではそんなに起きないですし。

本局は高見六段の受けの勝負手が失敗して、形勢がはっきり傾いたと見られていたようですが金井六段からするとそんなに余裕はなかったであろうと想像します。
千日手打開が有力だったようですが傍で見ているのと違って指している当人は頼るものがないし評価値も分からないわけで、はっきり勝ちと読み切れないという理由で千日手を選ぶ人はそれなりにいそうです。

ただ千日手筋直前の93手目で▲6三銀成と金を取れば必至でこれなら明快でしたか。
△4四歩に▲5四金が習いある寄せの手筋です。

飛車の王手が怖いですが▲3九銀と引けるので大丈夫。
もしかしたら次の△4四歩を待つ数分の間にこの手順に気づいてしまったかもしれません。
それならなおさらもう一局、となってしまいそうです。

指し直しは居飛車力戦で、正直言ってよくわからない将棋でした。
14時開始の持ち時間3時間は斬新なルール設定で、秒読みの面白いところがちょうど良い時間帯に観られる、という配慮のはずがそこからもう一局、となるハプニングはなんとなくドワンゴさんらしいです。
もっとも終局は23時過ぎでしたからこれでちょうど良かったのかもしれませんね(?)
スタッフの皆様は不測の事態で大変だったことと思います。

星の偏りは意外で、どちらに勝ってほしいとかはもちろんないですが持ち時間1時間のタイトル戦は観てみたいですね。

第2局の観戦記(観戦マンガ?)も良かったです。
第1譜「後悔」
第2譜「覚悟」

吹き出しに書かれているちょっとした一言が、いかにも言いそうで(特に両対局者)その棋士の特徴をよくとらえているのがツボでした。
将棋に関する表現というのも本当にいろいろあるものだなあと思わされる昨今です。

リコー杯

昨日は女流王座戦の一次予選一斉対局が行われていました。

弟子のカロリーナは16時からの対局で、村田さんに惜敗。
四間飛車はあまり見かけないなと思ったら、棋譜コメントによるとやはり初めてだったようですね。
作戦の幅を広げようとするのは良いことでしょう。

天守閣美濃を経てお互い四枚で囲うのは懐かしい形です。
ここでカロリーナは△2二飛と2四の地点を受け、▲3七桂に△5四銀と4五の歩を守りましたがこれは「重い」指し方で「振り飛車らしくない」。

代えて△4二角と引いて、
(1)▲2四角には△2二飛▲2五歩と打たせて△3二飛と戻る。
(2)▲3七桂には△3四飛▲4五桂と一歩取らせて△3三桂(もしくは△4四歩)で駒交換を目指す。
これが「軽い」指し方で、振り飛車の「さばき」のコツです。

いろんな将棋を指して、いろんな経験を積むことでこうした感覚を身につけてもらいたいと思います。
この後順当に不利になるも、終盤ではもうワンチャンスあっただけに残念な一局でした。
彼女の成長を見ているともうすこし勝てるようになっても良いと思うのですが、そうはいかないのは周りもレベルアップしている証拠で、本人にとっては大変ですが将棋界にとっては喜ばしいことでもあります。

他では水町ー小野戦がこれまた懐かしい四間飛車vs棒銀で目を引きました。

図の△3七歩、僕も面白い新手だなあと思ったのですが後でtwitterでアマ強豪の方々が言及されているのを見ると定跡書にも出ている手のようですね。
△4三金以下の手順があまりに有名すぎて他の手を知らない、きっと古来からある急戦定跡にはそういう変化がたくさんあるのだろうと思います。

整理されたデータが豊富にある現代の定跡と、そうでない過去の定跡では同じ「定跡」でも意味合いがずいぶん違うので、現代のプロが実戦で指すことでこうした古典定跡の正確性もより高まることでしょう。
ただこの将棋がタイトル戦で現れるかというと、さすがにその可能性は低いと言わざるを得ず、ちょっと残念なところです。

中継対象外では、伊奈川さんがタイトル挑戦中の渡部さんを破った星が目を引きました。
医者で将棋指し、は今後も現れる可能性はかなり低いと思うので、以前から注目しています。

僕はよく「勉強と将棋を両立した」と言われてきて、すごいと言ってもらえるのはありがたいと思いつつも自分の体感とのギャップには悩むこともありました。
彼女の場合まさにこれ以上ない両立で、本当にすごいと思いますし今後の活躍に期待しています。

叡王戦の話題はまた明日に。

名局賞・熱局プレイバック

将棋世界6月号が発売中です。

2018年度が始まってはやひと月半ですが、昨年度の話題。
棋士が投票する「熱局プレイバック」は、毎年楽しみにしている企画です。

1位の牧野ー中尾戦は納得、以下ももちろん選ばれるにふさわしい将棋ばかりでしたが、自分の投票した王位戦第5局がランキング外だったのにはびっくりしました。
10手目△3二飛の新戦法に始まり、中盤の流れも見事で、平成生まれ初のタイトルホルダーという大きな結果をもたらした一局なので、例年なら上位間違いなしと思うのですが。
羽生竜王をあれほど驚かせたというのはそれだけでもすごいことです。

もっとも自分の場合、ファン投票1位の竜王戦第4局(△8八金!~△6八飛!の鮮烈な寄せの一局)を外していたので、3局(棋士は1位~3位まで投票する)では選ぶに足りなかったという棋士がほとんどだったのでしょうね。
今回に限っては羽生竜王の勝局から5局、藤井六段の勝局から5局、それ以外でベスト10ぐらいでも良かったかもしれません。
それぐらい例外的な一年でした。

同世代の横山六段や伊藤五段が、カロリーナー清水戦に言及してくれていたのは嬉しかったです。
女流名局賞の新設はとても良いと思いますね。

将棋大賞の選考経過も今回ほど興味深い年はなかなか今後もないでしょう。
意見が割れるのはこれもまたすごい一年だったことの証明のようなもので、本当に多くの棋士が活躍して、多くの名局が誕生しました。
こういう議事が記事として形になるのは専門誌ならではで、価値のあることと思います。

新手年鑑(恒例の勝又六段の付録)も面白かったです。
新手だけでこんなにもたくさんあったので、妙手や珍手は今年は取り上げる必要がなかったということなんでしょう。
これもまた例外的な一年だった気がします。

いろいろありすぎて、理解できたものもあり、いまだに理解できないものもあり、自分で採用したものはほとんどなし、という現状なんですが「大局観の新手」というフレーズは印象に残りました。
これは重要な指摘で、手としては昔からあるけれどそこに「評価」が加わったことが近年の大きな変化です。

人間は流されやすい生き物で、そして棋士はプロといえども人間なので、流行戦法の多くはトップ棋士が多く採用するかどうかに左右されるところが大きかったのがこれまでの将棋界でした。
今後は既存の定跡や指し手はすべて好むと好まざるとに関わらずコンピュータの評価を受けざるを得ないので、コンピュータが良いと言っているという理由でトップ棋士が違和感を覚えるような手でも流行する可能性があります。
その兆しがはっきり顕著になったという点でも2017年度は特筆すべき年だったと後世からも評価されることになると思います。

連載

日経bizgateの連載、第3回がUPされました。
藤井聡太と「羽生世代」の違うポイント

今回はすこし個人的な思い入れもある内容で、他の多くの棋士と比較すると(トップ棋士に限らず)やっぱり僕は負けず嫌い要素が子どもの頃からずっと足りなかった。という思いがいまだにあります。
才能という表現がふさわしいかどうかは分かりませんが、性格的にこの点は棋士向きではありませんでした。

だからいまもこうやって勝っても負けてもブログを続けてられるのだと思うし、逆に「客観的に自分を見る」能力は高いと思っています。
そちらも当然に大事な要素で、プロの世界ではしばしば、ある意味相反する両方の性格をうまく出す必要に迫られます。

客観的に自分の能力を見つめることと、適切にゴールを設定することから、課題を解決するための戦略は生まれます。
受験という相手の出方がはっきりしている例を持ち出したのは、ひと言でいうならばそういう意味です。
一般論的に、「課題が見つかったときにはその課題はだいたい解決している」などという一文を見かけることはよくありますが、スタートとゴールがきちんと見えていればその時点でクリアできる可能性が極めて高くなるのは事実でしょう。

いっぽう将棋は完全情報ゲームであるにもかかわらず、戦略を立てることは非常に難しいです。
相手がどう来るか分からないこと(分からないからこそ一生懸命読むわけです)に加えて、自分の立ち位置や能力を評価することが難しいからだと思います。
自分に対する客観的な評価を測りにくいということは、成長を感じることが難しいということにもつながります。

こういった点については今後も連載で触れるかもしれません。
どういう流れになっていくかは自分でもわからないので、将棋界のニュースや、世の中の関心事にアンテナを張りつつ、続けていけたらと思っています。

名人戦、女流王位戦ほか

興福寺での名人戦第3局は、羽生竜王が勝って白星先行。
ここまで先手番の勝ちが続いているものの、どの将棋もあまりに難解で、先手番の利を生かして、という感じには自分の目には見えません。
ただ本局に関しては、特にこってりしたねじり合いの一局だった中で佐藤名人に大きなチャンスはなかったように見えたので、そういう意味ではやはりこのレベルだと先後は大きいのかもしれません。

振り返ってみると、序盤の出だしは角換わり腰掛け銀模様でありながら、封じ手の時点ではお互い盤上に角を打ち合っていて、銀も腰掛けていない状況。
これでは解説もひと苦労ですがこれが現代の角換わりの一側面です。
戦型の枠を超えた指し手が、今後もしばらくは主流になることを示す場面と思いました。

女流王位戦は里見さんがまさかの詰み逃し。
詰みを逃してそれでも勝ちというケースは多いですし、わざわざ詰まさなくても勝ちの局面できちんと詰ますこともプロならば多いですが、本局のようなことはかなり珍しいです。
やはり将棋は何が起こるか分からないと改めて思わされました。

内容的に両者を称える声も多かったですが、中盤は見ていて不可解な手もありましたし二人ともこの将棋の内容には納得していないだろうと思いました。
女流王位戦は持時間が唯一4時間で、初挑戦の渡部さんにはこの点も初めてで体力的にも大変だったのではと想像します。
挑戦者がひとつ先行したことで、タイトル戦としては面白くなったと言えそうです。

昨日は他に竜王戦と王座戦の大きな一番が中継されていました。
竜王戦は稲葉八段の強靭な粘りに感動を覚えました。
序盤の早い段階で松尾八段が大優勢になって、結局そのリードが大きかったという結果でしたが将棋とはあんなにも頑張れるものなのですね。

いっぽうで王座戦は谷川九段の潔い投了にこれもまた感動を覚えました。
人間はなぜこうも相反する二つの事象のどちらにも感動できるのか、不思議と言えば不思議です。

あの局面で投了できるプロがいったいどれぐらいいるものなのでしょうか。
少なくとも自分にはたぶん一生無理です。
むしろ自分が渡辺棋王の側を持っていたら、普通に逆転されてもおかしくない気がするので、そう思われない実力を身に付けることが大切と改めて思いました。