今週は本当に寒かったですね。
東京は48年ぶりの低温記録、とのことでつまり僕が生きてきて今年が一番寒いと。いやはや。
テレビでさいたま市-9.8度、とやってるのを見たときにはさすがに目を疑いました。
雪の被害は(東京は)たいしたことがなかったようで幸いでした。

モバイル中継の棋譜コメントにもよく天気の記述は出てくるので、「お気をつけください」とか書いてあるのを家で見て、改めて実感したりも。
たしかに凍った道は危ないです。滑らないように気をつけましょう。
昨日の大阪の将棋会館は珍しいぐらい棋士が少なかったようで、それもきっと寒さの影響でしょうね。

来月は富山と栃木に続けて出張予定が入っているので、その時期に寒波が来ませんように・・といまから祈っています。

 

ここ数日も大きな対局が多くありましたが、将棋そのものの話はまた明日にしてお知らせをいくつか。

まずはこちら、ずっと願っていたことが、ついに実現したようで。
中継アプリに新機能搭載

自動継続が可能になるのと、過去の棋譜がすべて残るようになることの2点です。
iOSはあさってから、Androidも春頃には実現するとのこと。
これからもユーザーがもっともっと増えるように、頑張ってほしいと思います。

将棋の森信雄七段に宝塚市特別賞
師匠おめでとうございます。

宝塚は歌劇団が有名ですが、野球やサッカー、囲碁など各界のスターを輩出されてるんですね。
井山さんの師匠がいらっしゃるのは、存じ上げませんでした。

名人戦の開催地が決定したとのこと。
朝日新聞
毎日新聞

小松市はおそらく初開催でしょうか。
数か月前にお邪魔したのですが、あの頃地元の方々はきっと待ち遠しい気持ちでいらっしゃったんですね。

あとはお寺が2つ入っているのが目を引きます。
特に興福寺は将棋の駒が出土したことでも有名で、名人戦にはふさわしい舞台と言えるのではないでしょうか。

 

今日から王将戦第2局、舞台は佐賀県。
たしかここも、タイトル戦は初めての開催だったように思います。
最近新しい開催地(宿)が多いことも、きっと将棋人気の表れなのでしょうね。

2日目の明日は女流名人戦の第2局もあり、男女のタイトル戦で豪華な週末です。

では今日はこのあたりで。

勝ち

昨日の対局は、終始苦しかったものの最終盤でワンチャンスをモノにすることができて、辛勝でした。

序盤はきれいな四枚穴熊に組まれてしまい、中盤では駒損の猛攻を軽視し、終盤ではちょっと緩めた感じの攻め筋を見落とし・・といわゆる「序盤、中盤、終盤、スキだらけ」な内容だった気がするのですが、最後まであきらめずに指せたのは良かったです。
ただ感想戦で聞くと、相手もけっこう悲観していた様子で、意外でした。
局面の見方は案外合わないものだし、形勢がすこし良さそうなのも、それはそれで苦しいものなんですよね。

盤上での反省点は多い内容でしたが、気にしていた時間配分はまあまあだったので、その点は良かったです。
14時台に秒読みが始まったり、自分が秒読み(残り10分)で相手が残り2時間半、という状況はたぶん棋士になって初めてで、今後もそれほどないと思うので良い経験になりました。
不思議と時間切迫による焦りはなく、気持ちの面では落ち着いて指すことができました。

 

昨日は隣が宮田敦史ー伊藤真吾戦で、自分と同学年の棋士が、同じ部屋にそろう珍しい日でした。
他に関西所属の村田智弘君(同学年はこれで全員)も大阪で対局中で、ちょっとした偶然と言えるでしょう。

三段リーグが長く重なっている面々と同じ部屋で対局すると、ふと昔のことを思い出したりもします。
長らく振り飛車党だったいとしんが初手に▲2六歩と突いていて、その隣で僕が先手中飛車をやっているのは、なんだか不思議な感じがしました。

次の対局も頑張ります。

本日対局

いつも通り、予約投稿です。

今日は王将戦で大平六段と。
相手は早指しなので、3時間の持ち時間がかなり短く感じてしまうかもしれません。
ペースを崩さないように気をつけて、良い将棋が指せるよう頑張ります。

叡王戦、金井六段がタイトル戦初登場ですか。
正直言って今回の快進撃には驚かされました。
四段昇段のときや順位戦昇級のときを思い出してみても、波に乗せたら誰にも止められない勢いと、天性の勝負強さを感じます。

金井君は僕がまだ学生の頃(彼が、ではない)、一人暮らしの狭いアパートに将棋を指しに来てくれていたこともあるぐらいで、東京所属の後輩の中では、一番付き合いの長い棋士の一人です。
良い個性を多く持っているので、ニコ生というメディアを通じて彼に注目が集まるのは楽しみです。

当然のことながら、タイトル戦に出られる棋士はごく一部、一握り、わずかです。
自分もその一人になりたい。
そういう気持ちを常に持って、対局に臨みたいと思います。

1/9 日浦八段戦

明日対局なのでその前に、こないだの対局を簡単に振り返っておきます。

勝負どころはこの図。
名人戦棋譜速報の画面キャプチャー)

棋譜コメントにもある通り、この△6四角はなかなかに決断を要する一手でした。
こういう一方通行の角は、いままで打たれてびっくりすることはあっても、自分で打つことはあまりなかった気がします。
読んでみて、簡単に悪くなることはなさそうなので、自信はなかったですが思い切ってやってみることにしました。
良い精神状態で指せていたのだろうと思います。

実戦はここから▲4八金△4五歩▲同桂△同桂(1)▲6六歩に△3七桂成!▲同金△4五桂と進んで技あり。
桂馬をタダで成り捨てて、同じ場所にまた桂馬を打つというのはちょっと珍しい筋かもしれません。
何人かの棋士やファンの方からほめられました( ̄ー ̄)

ただ、本当の敗着はそこで▲4八角と受けた手で、代えて▲3八金△5七桂成に▲4五桂のような手なら、技がかかったようでもまだまだ難しいと思っていました。

手順途中の(1)▲6六歩は、△6五桂と打つ手を防いだものですが、代えて(2)▲6六銀と受ける手も有力でした。
これなら5七の地点にも利くので、本譜の攻めはなく、そこで△3五歩▲同歩△3二飛のような感じで揺さぶってどうかと考えていました。
あるいは、受けずに(3)▲3三角と打っておく手も有力でした。

さらに最初の図で、▲6六角と打つ手も警戒していました。
これは△4五歩に▲3三角成と取る手を見せた牽制球のような手で、もしこうやって角を打ち合ったらなかなか珍しい手順だなあと思ったのですが実戦には現れず。
でもいつかこういう筋が出ることもあるかもしれません?

ということでいろいろと見た目よりは手の広い局面だったのですが、ある程度きちんと読めていたようで、満足のいく一局になりました。
明日の対局も、良い内容の将棋が指せるように頑張ります。

温故知新

最近の序盤戦術における流行の変遷を見ていると、「温故知新」という言葉が浮かぶことが多く、このブログでもすでに何度か書いたと思います。
先日読み終えた古い本(末尾に貼ります)の中に、こんな一節があって、目を引きました。

振り飛車と決まれば互いに玉の移動は当然で▲6八玉に私も△6二玉と囲いにつく。つづく▲7八玉も自然な囲い方。ここ玉の移動を保留し▲5八金右から▲5七銀、そして▲7八銀から▲7九玉と左美濃に囲う指し方もあるところ。いずれもいわゆる一局の指し方で優劣は断じ難い。

この▲7八銀~▲7九玉という指し方は、銀冠穴熊が流行するまではほとんどなかったのかと思っていたので(実際2年前ぐらいから急に増えている)、40年以上も前からそういう発想があったというのはよく知りませんでした。
昭和49年の▲加藤ー△熊谷戦なんですが、当時はおそらく位取り全盛の時代だし、時代が下って僕が子どもの頃に勉強した「左美濃」というのは天守閣美濃だったので。

いまのコンピュータ将棋は決して昔の将棋を勉強したわけではなく、自力で考えてこうした戦術にたどりついているはずなのに、こうやってずっと昔にあった発想と重なり合う部分があるというのは面白いです。

あとこの自戦記にはこんな一節があって、これも驚きました。

加藤君(※一二三九段のこと)の対振り飛車作戦にはどちらかといえば早仕掛けの急戦が多くその場合ほとんど自分の方から▲9六歩と端歩を突いていることがない。

ちょっと調べた限りでは、たしかにそういう傾向があるようでした。もちろん僕は知りませんでした。

データベースはおろか、コピー機もないような時代に、よくそんな細かいところまで見ていたものと思います。
当時の棋士は、どうやって相手の研究をしていたのですかね。
いまは便利になりすぎてしまって、昔のことは想像がつきません。

こうやって昔の棋譜や解説を見るのは面白いですね。
勉強というよりは趣味の面が強いのですが、いろいろと発見もあるし、できることなら毎日こうやって過ごしていたいぐらいです。

 

昨日の谷川ー大橋戦、光速流発動に興奮したファンの方も多かったのではないでしょうか。
あまりに鮮やかな詰みで、感動しました。
途中は谷川先生のほうが苦しいように見えたのですが、あの形は詰みありと見切っていたのでしょうね。
読みの正確さとともに、角換わりの経験値を感じる終盤戦で、印象に残りました。

 

【王手報知】引退決めた蛸島女流六段の願い…女流棋界をもう一度一つに
いろいろと思うところ、なしとはいかない記事です。

あれから10年以上が経ち、当時のことをまったく知らない若手女流棋士も多くなりました。
特にここ数年はかなりのペースで女流棋士が増えています。
今後自分たちがどういう世界を作っていくのか、そのために過去を振り返り、未来を考える機会があると、良いのかもしれないなと思いました。