昔話

昨日は日中、何度か救急車のサイレンが聞こえてきました。気のせいかもしれないのですが、いままでにないくらい多かったような気がして、気になりました。
そこで今日は、ちょっと救急外来にまつわる個人的な昔話を、書いてみます。

今のコロナの問題ではとにかく「医療崩壊」を起こさせないことが大切、と言われますが実際のところそれは何なのか、実感のある人はどの程度いるものでしょうか。
僕は、何度か救急外来を訪れたり、救急車に乗ったことがあります。一方でそうでないという人も多いと思います。

一度、自力で救急車を呼んだときは、家からすこし離れた病院に運ばれました。どうやって着いたのかまるで覚えてなくて、何かの処置をされたあと、そのまま入院でした。
急性腸炎、とのことでした。夜から熱と強い痛みが出て、朝になっても苦しいままだったので電話した記憶があります。
数日入院して、幸いその後は再発も後遺症もなく、現在に至っています。
入院するとき、もっと早く呼ばないといけなかった、と言われたような覚えもあって、間に合って良かった、と思いました。これは、適切な処置がすぐに受けられたケースです。

夜中に運ばれて、病院にたどり着いたら断られた、ということもありました。
状況はよく覚えてないのですが、あのときの絶望的な気持ちは、忘れられません。病院の前まで来ているのに、どうして入れてもらえないのかとフラフラの頭で思いました。事情は分かりませんが、病院のほうもより緊急性の高い状況が発生していたのでしょう。
このときは別の病院に連れて行ってもらって、事なきを得ました。いま考えると、あのときの自分はいわゆる「軽症」だったのだろうと思います。

「医療崩壊」という言葉の明確な定義はないらしいのですが(たとえば広辞苑にも載ってなかった)、このように患者が来ても受け入れられない状況が頻繁に起きたり、続いたりすることが、その一つではないかと考えています。
それが上記のように、深刻な問題に発展しないケースであれば良いのですが、処置が必要な場面で同じことが起きかねない状況に、いまの東京はなりつつあります。
実際に病院を何か所も回ったり、何時間もかけて受け入れ先を探すケースも出ているそうです。
ごくわずかな自分の経験から考えても、ある程度感染が広がれば、こうしたケースが起こり得ることは、容易に想像がつきます。

この状況がさらに深刻になると、たとえば交通事故とか、何か不測の事態が起きたときに、普通の状況なら助かるものが助からなくなるという可能性が出てきます。
そうならないためにも、とにかく自分自身が感染しない努力を怠らないことが、いまは大切だと思います。

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このブログはたまに旅行やギャモンのことを書く以外は、基本的に将棋のことがほとんどで他のことはあまり書かないスタンスでやってきたのですが、コロナのことは今後も長期化しそうなのと、自分の知識や経験を伝えることにも意味があるかなと思い、こうしてときどき書いています。
一人ひとりにできることは、手洗い、うがい、そして接触を極力減らすこと、基本的にはこれしかないわけですが、その認識をできる限り多くの人に広める、ということには意味があると思うので。

こちらは明日の深夜に再放送もあるようです。

大変な状況を前に、一人ひとりの行動変容によって社会が望ましい方向に進んでいくことを切に願っています。
それと医療・救急の方々への感謝も日々、忘れないようにしたいと思います。

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