旅行記(2) 片上・赤穂

昨日の続きです。

1泊後、朝から赤穂線に乗りました。
岡山にいて、後楽園も岡山城もスルーする観光客はたぶん珍しいでしょうけど、まあこのあたりはまた機会があるかなと。
片上として一度は行っておかないといけない、という場所があったのです。

岡山から電車で40分ほど、西片上駅に到着。

ここ片上の街にはかつて「片上鉄道」というのがあって、その廃線跡が「片鉄ロマン街道」というサイクリングコースになっています。
せっかくの一人旅なのでチャレンジしたかったのですが、自転車を貸してくれる場所はここから2kmほど北に行ったところで、この駅から歩く以外の手段は難しい。
ということで今回は断念しました。
山陽本線の和気駅だとすぐ近くにあるみたいなので、いつかそっちでリトライします。
(調べたら火曜日休みだった)

さて今回は駅を後ろに見ながら東に向かって歩きます。
目印なんにもないので不安になりますが、こういうときスマホの地図は本当に便利ですね。

階段を下り、第一片上架道橋なる陸橋をくぐる。
こんな写真を撮る人はいないんでしょうね。

道案内の地図には「片上湾」「片上商店街」の名前も発見。

「片上自治会」もあるようです。
片上鉄道についての記載があります。

「片上史跡ガイド」の方がいらっしゃるようです。
残念ながら人影は見当たらず。

秀吉さんが片上に来たこともあったらしいです。

朝市があるようですね。
そういえば秋田県には「潟上市」という地名がありますが、片と潟には通ずるものがあるんでしょうか。

片上鉄道始点の、片上駅跡地。

もうすこし残っているのかと思ったのですが、見渡す限りこれだけでした。

片上湾。
写ってないですが、漁船がけっこうたくさんいました。

片上交番。

この日は前日に比べて晴れ間が戻ってきており、ちょっと散策には不向きな暑さでした。
ファミリーマート片上店でポカリを買って、頑張って歩きました。

大通り沿いに電車がポツンと飾られて?いました。
片上鉄道で使われていた車両なのかもしれません。

さて同じ駅に戻るのではつまらないので、ここから隣の備前片上駅を目指します。

宿場町でもあったようです。
片上の隣には藤井君でしたか。

備前市役所と、街の歴史資料館を経て、ぶじ駅に到着。

初めて種明かししますと、実は「かたがみ」ではなく「かたみ」と読むみたいです。
発音しにくくないのかなあ。

赤穂線は単線で、ここ備前片上は列車がすれ違う駅でもあります。

山陽新幹線で関西奨励会に通っていた時分、岡山駅での乗り換え案内でこの駅名にはなじみがあったのですが、ようやく来れました。

播州赤穂で下りて、赤穂浪士ゆかりの場所をめぐって帰りました。

スマホによると2日で4万歩ぐらい歩いたみたいです。
さすがに日焼けしました。

なかなか良い一人旅でした。

 

旅行記(1) 岡山・倉敷

怪童戦の翌朝、新幹線で岡山へ。

広島へのお土産に買った「源吉兆庵」に入っていた案内でたまたま知ったのですが、実はこの有名店、創業は岡山で(てっきり銀座だと思ってた)、駅前にある本店には美術館が併設されているとのことで、行ってみました。

そういえば先日は郡山の「柏屋」本店にも行ったばかりですが、老舗の和菓子屋さんの店頭って優雅で良いですよね。

工芸菓子、って初めて見た気がします。すごい。

これがお菓子(の材料)でできてるとか。マジか。

お昼は駅前で小豆島ラーメン。

小豆島もいずれ行きたいんですけど、まだなんですよねー。
あとは直島と、それから大塚美術館も。宿題が多いです。

さて岡山から倉敷までは電車で20分ほど。

美観地区を歩く。

このあたりは水害の影響はまったくなかった、と聞いてはいましたが実際に歩くとそうなんだなと分かりますね。
この日はときどき晴れ間がのぞく感じで風もあって歩くにはほど良い気候で何よりでした。

普段がどの程度か分からないので何とも言えませんが、印象としてはまずまずにぎわっているように思いました。
月曜日なのにホテルの予約もかなり混んでいたし、外国人観光客も、かなりいろんな国の人を見かけた気がします。

倉敷の観光施設で客足に回復傾向 豪雨直後は半減も80%台に(山陽新聞)
まさにこの日に出たニュースですが、本当に良かったです。
人々が目を向けるだけでなく実際足を運ぶことで、街に活気が出てきますし、被害の大きかった地域も今後復興が進むことでしょう。

のれんがジーンズ製なのが目を引きます。ここでおみやげを買いました。
我々的には何よりも将棋の街として有名ですが、全国的にはジーンズの街として有名なんですよね。

順番が前後しますがこちらは最後に立ち寄った倉敷ジーンズストリート。
闘将・星野仙一さんはここ倉敷の出身だそうです。

桃太郎のからくり博物館にて。

アイビースクエアにも行きました。(良い写真がなかった)
ここでもお土産を少々。
あと、もちろん大原美術館にも行きましたよ。

最後に大山名人記念館へ。
実は初めてではなく、たしか二十数年前に関西の奨励会旅行で来ています。
ただそのときの記憶はもうあまり残ってないので、懐かしいというよりはようやく来れたなあという感じですね。
日頃からお世話になっていて、よく知っている支部の方々が案内(?)をしておられてびっくりしました。

記念に一枚、その後、せっかくなのでと一杯。いや数杯。
どうもありがとうございました。

将棋の街と言えば、東の天童・西の倉敷だと思いますが一部のトップ棋士・スター棋士を除くと東京の棋士は倉敷に仕事で来る機会は少なく(自分も一度もない)、逆に大阪の棋士は天童に行くことは少ないと思います。
棋士として一度は訪れておきたいと思っていたので、実現して良かったです。
八戸の大山名人記念館にもいつか行ってみたいものです。

この日はここまで、続きはまた明日。

帰京 来場御礼等

毎年恒例の怪童戦、今年も多くの参加者にお越しいただきました。
どうもありがとうございました。

朝の挨拶でも話した通り、水害で大変な状況下で、同じように開催いただけたことは嬉しく、また深く感謝しております。
村山先生が没後20年という節目の年でもありました。時の流れの早さを感じます。

これは話しませんでしたが糸谷君がいまちょうど29歳、A級八段なんですよね。
他の3人は30代になり気付けば村山先生の年齢を超えていたと。
弟弟子一同、これからも将棋に全力を尽くしてすこしでも実績を残せるように頑張っていきたいと思います。

将棋怪童に大分の市岡君 村山杯(中国新聞)
決勝が九州対決だったのはおそらく初めてのことだったかと。全体的に今年は九州勢の活躍がかなり目立ちました。
九州研修会設立から3年半あまりが経ち、着実にその成果が出ているということではないかと思います。
最近は広島からも九州に通っている子がいると聞きます。

あと今年特筆すべきことは、高校生の決勝戦が女子同士だったこと。
これもおそらく初めて見る光景でしょう。
大会というのは参加者にとっては一度きりもしくはそれに近い機会であっても、マクロで見るとそのときの時代背景を映し出すものなのかもしれません。

村山聖杯将棋怪童戦 過去の結果
こちらは府中町のHPより。
第2・3期の優勝者に弟弟子の竹内現四段、6・7期にいま売り出し中の佐々木大地現四段の名前があります。
現・元奨励会員も数名。もちろん参加者全体では他にもたくさんいます。

参加者数が200名を超えると会場にいてもやはり多いなと感じます。
一昨年、昨年と急増しているのは将棋の流行を反映していると言えるでしょう。
今年の数字は聞いていないのですがおそらく昨年に近い数字になっているはずで、奨励会試験直後だったこと等を考えると昨年に匹敵する数字と言って良い気がします。
指導対局も相当な数を指したと思います。
あと、今年は山崎NHK杯へのサイン依頼が多かったですね。

来年以降も盛大に開催されることを願っています。

 

その後、実家にもう1泊して、岡山にも1泊して倉敷・片上・赤穂を観光して帰りました。
その話はまた明日書く予定ですが、何はともあれ、倉敷に観光客が戻ってきているように感じられて良かったです。
大山名人記念館にも立ち寄ったら、長年お世話になっている支部の方に思いがけずお会いしました。
歓迎していただいてどうもありがとうございました。

おかげさまで、楽しい夏休みになりました。
今日は家でのんびりして、明日からまた日常に戻ります。
と思ったのですが明日は講演でした。準備しなきゃ。

6/14 高野四段戦

前局の完敗から気を取り直して、1週間後の対局でした。
棋王戦の枠抜け(予選決勝)で、自分にとってはかなり大きな一番です。
モバイル中継もあり、ここで良い将棋が指せたのは本当にうれしいことでした。

前の石井戦に続いて、先手中飛車。
つい先日の郷田戦も含め、今期棋王戦は振り駒で5連勝と、幸運が続いています。

本局は序盤から定跡を離れた進行になりました。
(ただし類型はありそう)
棋譜コメントにも拾われている通り、けっこう毎回違った戦いになるのは、いまの先手中飛車の魅力の一つではないかと思います。

中盤ではいままでの自分らしからぬ、単純明快な攻めを繰り出しました。
いわゆる戸辺攻めです。いままで受けることはあっても、自分がマネすることは少なかったと思います。
大げさに言えば、世界観が広がった感じがしました。

さて、勢いよく攻め込んだその後は、変化膨大で非常に難解な終盤戦でした。
棋譜コメントにかなり詳しく書いていただいているので、ぜひそちらも読んでいただきたいと思いますが、後日調べてみるとさらにいろんな手が出てきて、正直なところ結論が分からない局面も残りました。

勝負の分かれ目となったのはこの場面。

現局面、後手玉を詰ますにはもう一枚駒が必要。
しかし自玉は△2八銀▲4八玉△3九角以下の詰めろなので、▲7二竜と飛車を取っている余裕はありません。

ここで▲1七香!を発見して勝ちになったのではと思いました。
もし△同香成▲同桂と進めば、これが▲3三銀△3五玉▲3六香までの詰めろになる、というところにこの手の価値があります。

実戦は△1六歩。これも詰めろ(△2八銀▲同玉△1七歩成以下)なのですが、▲4六歩!が4七に空気穴を作りつつの攻めになり、ぴったりです。
作ったような勝ち筋で、幸運に感謝しました。

棋王戦はこれで3度目の枠抜けで、先日初めて、本戦でも白星を挙げることができました。
七段初勝利
若手の頃は比較的相性の悪い棋戦だったのですが、最近は逆に相性の良い棋戦になりつつあります。
結果だけでなく内容的にも満足できる将棋が指せているので、引き続きこの調子で、頑張っていきたいと思います。

6/7 八代六段戦

前局のあと、ギャモンの大会でシカゴに出かけていて、帰国後の対局でした。
自分にとっては「ヒューリック杯」になって初めての棋聖戦だったのですが、本局は非常にまずい将棋になってしまいました。

振り駒で後手番になり、2手目△3二飛を採用。
初めて見たときは本当に驚いたものですが、最近は驚いてもらえないし、むしろある程度以上に対策ができてしまっている印象も受けます。
公式戦で初めて現れてから10年以上、男女合わせて170局以上の実戦例があるようで、時の流れの速さには驚かされます。

さてこの将棋は筋違い角一発で参ってしまいました。

▲3四角と歩を取る手が受からないこと自体は仕方ないのですが、その後▲3六歩~▲3五歩~▲3四歩を目指すのではなく(それもあるけど)、▲1五歩~▲1四歩△同歩▲1二歩△同香▲2四歩の筋を狙うのが、振り飛車にとって手ごわい指し方になっています。

という知識はもちろんあったのですが、およそ考えられる限り最悪に近い条件の局面を作り出してしまいました。
ちょっと、いやかなりお粗末な序盤でした。

反省して、次は気をつけようと思います。