勉強法の話

名人戦は佐藤名人が勝って2-2のタイになりました。
後手番の勝ちが続いていますが次局はどうなるか。
最高に盛り上がる展開と言えます。
第5局は来週末、舞台は倉敷。

本局は玄人好みの将棋というか、おそらく局面の急所が分かりにくい将棋だったと思いますが、観ていてレベルの高さが伝わってきて、自分にはとても面白かったです。
なんとなくですがこういうとき、特に解説者の力量が問われる気がしますね。
いろいろな媒体で観ていただいていると思いますが、どうご覧になったでしょうか。

昨日は中継4局で、うち対抗形が2局、相居飛車は完全な力戦が1局と、名人戦(角換わり右玉)ということで、戦型的にもいろいろあって面白い一日でした。
▲飯塚七段ー△藤井九段戦は一部で注目の?銀冠穴熊模様でしたが、この戦型、今後増えるんですかね。

ところで銀冠穴熊といえば、増田四段のインタビュー記事が注目を集めているようで。
たぶん話題になるだろうなと思っていたら、やはり、でした。
あえてリンクは貼りませんので、興味のある方は探してみてください。

その中に「詰将棋はやらない」という発言が出てくるのですが、これを読んで思い出すエピソードが2つ。
一つは、もうだいぶ前にある先輩棋士に言われた「自分は詰将棋をやったことがない」という発言。
まあ、「あんまり」やらないというだけで、やったことがないは大げさだろうとは思いましたが、その理由が面白くて、「実戦では、詰むか詰まないかの判断がつけば良い。詰むと分かれば、一生懸命読めば詰ますことはできるはずなので」というもの。
プロの大局観のすごさを示す例かもしれません?

もう一つは、渡辺竜王が何かのインタビューに答えて「棋譜並べという勉強法に疑問を持つようになった」と言っていたこと。
トップ棋士になったいま、果たして効果的な勉強法なのかどうか?というような内容だったと、記憶しています。
もっともな問題意識だなあと、印象に残っています。
(出典が思い出せず・・すみません)

よく思うことですが、将棋の世界では勉強法、プロスポーツの世界でいうところのトレーニング法が確立されておらず、コーチもなし。
何が良い勉強法なのか、少なくともプロレベルでは全く分からない状態で、自分自身もいつも悩んでいます。
限られたリソースを有効に活用する、その方法を一人ひとりが考えている状態というのは、当然ながら非効率で、しかしより個々の実力と努力が、反映されやすい世界とも言えます。

いずれにせよ、そのときの自分のレベルとニーズに合った勉強をすることが大切です。
と考えると、受験とかでも同じことですね。
なので、増田四段がいま詰将棋を全然やっていなかったとしても、(文章のインパクトほどには)意外なことではない気がします。
詰将棋好きで知られる藤井四段が最年少棋士で、増田四段が2番目、対照的なのも面白いですね。

アマチュアの方には、この本をオススメしたいと思います。
「初段になるための将棋勉強法」

詰将棋を解くにしても、どんなものに取り組めば良いのか等、数年前の本ですがいまだに類書がないという点で画期的です。

自分自身のことで言えば、意外に思われるかもしれませんがあまり効率とかは考えず、将棋に触れることであればすべて糧になるという気持ちで、満遍なく手を出すようにしてきました。
当然、時間が足りなくなったり、一度(どころか何度も・・)勉強したことを忘れてしまったりします。
ただ性格的なこともあり、たぶん今後も、スタンスが大きく変わることはないと思います。

もうすこし効率の良い人生を送っていたらどうだったか?
それは分からないけれど、これからも前向きな気持ちで将棋に取り組んでいきたいですね。

師匠のこととか

名人戦は2日目に入りました。
戦型はちょっと意外な右玉。
今シリーズは佐藤名人の意欲的な戦型選択が目立つ印象です。

たしかつい先日観た番組の中で、「(コンピュータと指して)右玉が好形なんだということを教えられた」というようなことを話していた記憶があり、そんな影響もあったのかなあと思いました。
この形は数日前の中継(▲丸山ー△糸谷戦)にも登場しているようによく指されているとはいえ、第2局のような将棋以上に、以前からの佐藤名人の棋風ではないような気がするので。

封じ手の時点では後手ノリの意見が多いみたいですが、自分の感覚ではまったくの互角です。
この将棋は先手から良いタイミングで▲6五歩といけるかどうか。
逆に後手からは、あっさり押さえ込める展開になれば理想、でもそううまくはいかないとして、良いタイミングで8~9筋から手をつけられるかどうかがポイントになるでしょう。

マイナビは加藤女王がストレート防衛。
作戦をしっかり練ってきて、それがズバリ的中という印象を受けました。
銀冠は好きな戦型、と昨日書いたのですがその中にあって、端玉銀冠は公式戦では少ない形です。
やや珍しい仕掛けまで含めて、入念な事前準備があったのだと思います。
準備が結果につながることで、自信につながってまた強くなりそうですね。
おめでとうございます。

昨日で森師匠の引退が正式に決まりました。
森信雄七段が引退
長い間お疲れ様でした。

たしか、自分より兄弟子は全員師匠と公式戦での対戦がありますが、自分はなく、弟弟子もほとんどなかったはずです。
加えて自分自身は、駒落ちなども含めて一度も将棋を指していただいたことはありません。
家に行った回数も、(大阪に住んでいたことがないので)他の弟子に比べると極端に少ないはずです。
でもそれでいて、師匠の考え方などに影響を受けたことはとても多かったと、自分では思っています。
もちろんそれは、自分にとって貴重な財産です。

昨日の豪華中継局の中から、1図面だけ。
王座戦本戦なので、観戦記つき(日経)の対局です。

図の早逃げは習いある好手。
しかし次の△6二金!がそれを上回る好手、だったと思いました。
観た瞬間は意外な一手、しかし見れば見るほど良い手で感心しきり。

最近はすごい勢いで攻めかかる将棋が増えている一方で(本局の中村六段もそうでした)、こういうじっと手を渡す大切さも、プロの将棋にはきちんと残っています。
現代将棋の感覚を取り入れつつ、大人の手も交えて指す。
「そういう人に、私はなりたい」(宮沢賢治)

今日は名人戦2日目に加えて、王位リーグ、王将戦、新人王戦、で4棋戦4局。
将棋連盟ライブ中継でお楽しみください。

名人戦ほか

今日・明日は名人戦第4局、舞台は岐阜。
前夜祭では織田信長や、関ケ原の戦いに言及する挨拶が多かったようですね。

信長が「岐阜」と名付けて450年、というのは初めて知りました。
天下分け目と呼ぶにふさわしい、名勝負に期待しましょう。

貴族が本当に武将のように激しく戦うのかどうか?が見どころでしょうか。
戦型は角換わりに進んでいます。

岐阜では昨日、人間将棋開催の発表もありました。
名人戦と時期を合わせたのだろうと思います。
まったく初耳だったので、驚きました。

理事在職中は、自分の直接関係しないことでも、だいたい知っていたので、こういうリリースを見ると、新しい体制になったのだなあと実感しますね。
外から見ていると、最近の報道は藤井四段一色の状況ですが、もちろんスターはほかにもたくさんいますし、いままで以上にタイトル戦を盛り上げる努力をしたり、イベントを矢継ぎ早に打っていけるようにしているはずです。
これからも期待していてください。

実は明日、次の担当もだいたい決まったということで、簡単な引き継ぎをしてきます。
もちろん、ちゃんとしたバトンタッチというわけにはいかない(手元にないバトンは渡せない)わけですが、自分にできること、やらないといけない仕事はきちんとやるつもりです。

また今日はマイナビの第3局も指されています。
サクサクと序盤から手が進んだようで、戦型は振り穴vs銀冠。
僕の好きな形です。

こちらは愛知県の銀波荘ということで、名人戦とも比較的近い場所です。
男女にまたいでこういうケースは、かなり珍しいでしょうか。

今日の中継はそのほかに竜王戦の準決勝、王位リーグ、王座戦本戦、そして引退がらみが2局(森師匠の対局もあります)ということで、外せない取り組みばかりの都合7局。
忙しい一日になりそうです。
記者の手配もさぞ大変だったでしょうね。

最後に昨日の中継の話題。
竜王戦1組決勝、▲羽生ー△松尾戦で懐かしい(と僕は感じる)定跡形が登場していました。

いま後手が3五の歩を取り、先手が2六の飛車を2五にぶつけた局面。
初見で指すにはなかなか難しい局面ですが、プロは研究したり他の棋士の対局を観ているので、ある程度の指針を持って指すことはできます。

とはいえ、この局面がよく研究され、公式戦で指されたのは6~7年ぐらい前のこと。
その頃の研究をきちんと覚えておいて指すというのは、人間にはかなり困難なことで、トップ棋士といえども大変だと思います。
少なくとも自分のレベルだと、忘れていることも多いですし、覚えているとしても正確に思い出すために時間や思考力を取られてしまうのは避けられません。
ネット中継を観ると、過去の公式戦の実戦例について言及されていることが多いですが、すべて踏まえた上でやっていると簡単に思われてしまうと、ちょっと厳しいものがあります。

時代の流れとともに研究は拡散化、深化の両面をたどるので、何の情報を重点的に整理するかが問われますね。
こういうふうに突然何年も前の流行形が登場することがあるので、それなりに幅広く押さえることが勝負の上では欠かせず、その上で目の前の課題にどう対処するか。
方向性の違う勉強をしないといけないので、大変だなあと思うのです。
多くの棋士の悩みであろうことを、自分なりに書いてみました。

電王戦とか

昨日は朝から家の用事があり、夕方まで外出していたのでNHK杯は観られず。
午後の昔の名人戦を取り上げた番組とともに、録画したので後日の楽しみです。

その後、軽い仮眠のつもりが長い昼寝になってしまい、夜眠れなくなって大いに後悔。
と反省。翌朝に思いっきり影響が出ています。
いまの生活に時差ボケは大敵なので、気をつけようと思いました。

おりしも電王戦がもうすぐなので、夜中にタイムシフトで振り返り番組などを観ていました。
最近は特番まで含めて、どことなくまとめに入ってきたような印象を強く受けています。

昨夜放送があった決起酒会(誰が考えたんだろう?ドワンゴさんらしい企画ですね)は、けっこう皆さんの本音が出ていたように思いました。
その中で、その場にいた全員の一致した意見として、出場して良かった、次にオファーがあったらまた出る。
というのが一番大事な部分だったと自分は思っていて、本当に、良いイベントになったなあと思いました。

コンピュータとの対戦というのはそもそも賛否あって当然ですし、一歩間違えていたら、どうなっていたか分からないと思うので。
少なくとも実際に出場した棋士が(勝ち負けを問わず)そう考えている、というのは大きなことだと思います。

FINALの人選に関しては、(兄弟子でもある)山崎八段が「強くても事前研究しなそうな人は入っていない」とやや嘆き節で(?)言ってましたが、まあ、その通りです。
あとは、自分より年下から選びました。

第1局の感想戦番組も、興味深く見ました。
記者会見のときにも感じたのと同じで、佐藤名人の説明能力、言語化能力の高さが印象的でした。
名人のタイトルを取るまでは、いまのようにメディアに出る機会はそれほどなかったと思うので、知りませんでした。
機会が増えたので訓練を積んだのか、あるいはもともと得意だったのか。
いずれにせよ、ぜひ見習いたいものだと思いました。

特に、中盤で△3六飛と歩を取る手を選んだ理由(将棋世界の記事にもあった通り、この手を選んでも見送っても、決定的な差が生じるわけではない)や、▲9七香~▲7四歩~▲7七桂という手順がいかに読みにくいかという理由が、よく理解できて、いろいろと納得できました。
名人戦との同時並行で心配の声を聞く中で、冷静な視点で自己分析をしてしかもそれを番組で話しているというのは、状態が良いということではないかと感じました。

週末が電王戦第2局ですが、その前に明日・あさってで名人戦第4局。
まずはそちらに、注目したいと思います。

盤外の話題

ここ数日のこと。

最近は、対局以外ではあまり連盟に行くこともないのですが、先週は珍しく2日続けて行きました。
水曜日が竜王戦の対局で、木曜日が書道部。
書道は棋士の必須科目なので、自分もヘタなりに努力しています。

最近は、将棋ファンで知られる、ある文豪の名言を練習中です。
(と聞いてピンと来る人は、どの程度いるでしょう?)
近いうちに、お披露目できたらと思っています。

金曜日は首都大学東京で講師を務める日。
これから4週続けて、自分の担当回です。
(後半は、中村太地六段にバトンタッチ)
「将棋で学ぶ法的思考・文書作成」という授業で、実は将棋そのものの授業ではなく、「法的思考」と「文書作成」の授業です。

言い換えると、「考える・思考する」ことと「書く・表現する」ことの2つを、学んでもらうということです。
僕自身は考えることはもちろん得意で、書くことも好きなほうだと思うので、わりと向いていると思っています。
逆に、「覚える・記憶する」ことはかなり苦手です。
将棋がもし、高度な記憶力を必要とするゲームだったら、続いていなかった気がします。

僕も棋士として、一生懸命自分なりに考えて、それを盤上に表現することで、これまでなんとかやってきました。
もちろん考えるためには、セオリー・コツ・手筋など、いろいろな知識、つまり考える材料が背景にあるのはもちろんですが、どう組み合わせるかという点で、個性が出やすいのが将棋というゲームだと思います。

5限の授業終了後、夜はご縁あって中原先生と食事してきました。
中原先生と言えば、もちろん雲の上のような存在ですが、三段の頃にはよく記録を取っていて、終わったあとにお誘いいただいたこともありました。
たぶん、ご一緒するのはそれ以来だと思います。
昔の貴重なお話もずいぶんうかがいましたので、そのお話は、自分の宝物にしたいと思います。

連盟HPからコンテンツをひとつご紹介。
女性限定、将棋を指さない将棋イベント?

数年前から、「東竜門」「西遊棋」として、若手棋士たちが自身でイベントを企画・立案・運営していて、本当に頼もしい限りです。
こうした機会は近年増える一方なので、これからもぜひ足を運んでいただけたらと思っています。
上記はイベントレポートですが、その他にも初心者向けの講座や昭和の名勝負の紹介、タイトル戦の見どころや教育系の読み物等々、連盟HPでは毎日いろいろなコラムが更新されていますので、ぜひチェックしてみてください。
毎日定期的に発信していくことは自分も心がけているところです。
あとは、新規の方の目線を意識して、いろんな形で普及に貢献していきたいですね。

今日のモバイル中継は、リアルタイムの対局はありませんが、弟弟子の大石六段が昇級を決めた1局が配信されています。
先日の祝賀会での本人の挨拶によると、ずっと苦しい将棋で、師匠も一日ずっと心配していたのだとか。
後日配信にはリアルタイムとは全く違った良さがあると思いますし、序盤からハラハラする内容の面白い将棋でしたので、一読をオススメします。

最後に最近読んだ本の紹介。

少し前に買ってあったのですが、厚みがあるので時間ができてからと思っていて、最近ようやく読み終わりました。
面白いことは読む前から保証されているようなものなので、とても楽しみにしていて、実際期待通りでした。
棋士がプロとして棋譜を生み出すように、記者の方もプロとして観戦記を世に送り出して下さっているので、名局とともに良い観戦記が、これからも時代・世代を超えて多くの人に届いてほしいと思います。