将棋界の一番長いプレーオフ

昨日は宣言通り、のんびりと将棋観戦の一日でした。

A級順位戦、まさかの6人プレーオフ。
可能性としては語られていても、まさか本当に起きるとは。
またひとつ、現実が虚構を超えた。といったところでしょうか。
事実は小説より奇なり、と。

名人への挑戦者を決めるプレーオフは、同星で並んだ場合パラマス方式で決定するというルールになっているので、順位下位の久保王将・豊島八段は挑戦まで5勝を必要とすることになります。
5勝で残留、6勝でプレーオフ進出の、1年間の長いリーグ戦がいましがた終わったばかりと思うと、あと5勝は果てしない道のりに思えます。

その久保ー豊島戦は明日で、名人戦の日程を考えるとここから週1以上のペースで消化していくことになるのでしょう。
王将戦のタイトル戦も並行していることを考えるとかなり非現実的な日程で、体が心配です。
もっとも32分の1の目が出たばかりなので、ここから再びお二人のいずれかが32分の1の目を出しても、もうまったく驚きませんが。
(※↑渡辺ー三浦戦はプレーオフには関係がないので16分の1が正解でした。訂正します。)

 

もともと現行の規定だと、5-4が9人と0-9が1人で、10人中9人のパラマスプレーオフになるという可能性を毎年はらんでいました。
(※8-1、と間違えて書いていましたが5-4ですね。修正しました。すみません)
まあそんなことは現実には起こらないだろうということで、長年放置されていたのだと思います。
なにせ過去半世紀以上にわたって同じルールでやってきて、4人が並んだのが最高でした。
3局追加ぐらいなら(現場は大変でも)今年は盛り上がるなあ、ということで良かったのでしょう。

ちなみに万が一↑のようなことが起きた場合、現行のルール上は5-4の中から誰かひとり降級することになります。
プレーオフの結果は挑戦者以外翌年の順位に影響しない、というルールがあるので、順位下位から再び勝ち上がって挑戦者決定戦で負けたとすると、「本割5-4、プレーオフ7-1」で降級、という可能性もあったわけです。
まあさすがにこんなことは起きないだろうし、起きても救済措置が取られる気はしますが。

今回のことがきっかけで、パラマス方式は危険と認識されて、ルールが改まるのではないかと予想しています。
可能性があることと現実になることには大きな差があるし、これまで見直されずに来たのも仕方ないかなと思います。
こういうご時世ですし、トップ棋士にも働き方改革が必要でしょう。

 

6人プレーオフに加えて渡辺棋王の降級もあって、起きた現実に驚くしかない一日でしたが、盤面の話をすこしだけ書くと、深浦九段の指し回しが見事でした。
あと佐藤会長の剛腕もいつもながらすごかった。
個人的にはこの2局に特に注目しながら一日を過ごしました。

あと裏番組の(?)谷川ー村山戦(王位リーグ)の終盤がすごかったです。
まだ見てない人が多いと思うので、ここにひっそりと記しておきます。

すべての対局に死力を尽くすからこそ起きる人間ドラマ。
という将棋界の一番の価値を、改めて思い起こさせてくれるすごい一日でした。

3月、春。

今日はいわゆる「将棋界の一番長い日」ですがこんなに暖かい日の対局はかなり珍しいのではないでしょうか。
例年だと東京はむしろ雪が降っていることも多い印象です。

昨日から急に暖かくなって、びっくりしました。
三寒四温で、これからまた寒い日もやってくるでしょうけど、春が来た、という感じはしますね。

今年は一番長い日が東京でなく静岡で行われているためか、他の対局もついてるんですね。
名人挑戦者が決まる日に名人が対局しているというのは過去になかったのではないでしょうか。

 

昨日のマイナビ挑決は西山さんが勝って加藤女王への挑戦権。
飛車を成り込んだところはだいぶ先手が良かったような気がしましたが、そうでもなかったのかな。

将棋世界3月号に、カロリーナのことを書かせていただきました。(p190~)
書ききれなかった話とかを後日ブログに書こうかなと思っています。

 

2日続けて比較的長いエントリを書いたら、いくつか熱心なコメントをいただきました。
どうもありがとうございました。
じりつくん (カーリングとAI)
期待値と評価値の違い

なお、カーリングの戦術に関することは、僕には分かりません(笑)
家とか球場とかではニワカ評論家ぶりを発揮することが多いのですがね。

 

ぽかぽか陽気で、のんびりしたい気分なので、今日はちょっと短めですがこのあたりで。
午後からはボーっと観戦する一日にしようと思います。

 

最長手数

一昨日の中尾ー牧野戦(竜王戦)で420手!の末の持将棋、という死闘があったようです。
残念ながらリアルタイムで観ていなくて、翌朝知って驚きました。
将棋で異例の長手数「420手」対局19時間、決着は…(朝日新聞デジタル)

ちなみに自分自身は200手を超える対局は、公式戦では経験がありません。(持将棋もない)
たぶん奨励会でもなかったと思います。
練習将棋や、アマチュア時代ならもしかしたらあったかもしれませんが、記憶にはないので一度もなくても不思議ではないというレベルです。
その倍以上続くというのはちょっと尋常ではないですね。

玉を詰ますのではなく1点を争う展開が延々と続いたために起こった現象で、名局と呼べるのかは分かりませんが特別賞受賞は間違いなしという気がします。
ネット上では「現実がまた虚構を超えた」という声が多かったみたいですね。たしかに。

さらにびっくりしたのは、囲碁公式戦の最長手数をも上回ってしまったことです。
囲碁棋士の友人である大橋さんに教えてもらいました。

囲碁界は将棋界からこの記録を取り返すべく、今後は盤を25×25にするらしいですよ。
・・誰か良かったらエイプリルフールネタにどうぞ。

 

お知らせをひとつ。
今度の日曜日に書道部でちょっとしたイベントを行います。
第54回 菅菰書展に棋士の書を展示 
良かったらいらしてください。

たまたま(かどうかは知らないのですが)最近書道部に取材に来て下さった方がいました。
将棋連盟書道部に潜入インタビュー!プロ棋士はどうやって揮毫を選んでいるのか聞いてみた

僕は実は部長という名の世話役を10年ぐらいやってて、いまは後輩の門倉五段が引き継いでくれています。
門倉君は大変うまくなったのに僕はそうでもなく、その点はいささか残念なんですがいまも毎月楽しく続けています。

何事も続けてこそなのでこれからもレパートリーを増やしながらやっていきたいと思っています。

叡王戦

1週間ほど前の話題ですがそのあたり用事が詰まっていたので、最近になってタイムシフトを見ました。

第3期叡王戦決勝七番勝負 発表会
とても面白かったです。
よくぞ毎回これだけ準備されるものですよね。

冒頭、「どっちが勝っても初タイトル」という勝負は歴史上、第1期名人戦だけだったと知る。
なるほどそうかと納得。

続いて金井六段のピアノ。
相当な腕前らしいですね。これからますます依頼が増えそうな気がします。

対局場は世界遺産が中心ですね。ってそれはさらっと書くようなことなのか。
お城とか寺社仏閣はもはや定番として、まさか富岡製糸場とは。
行ったことないし、観光に行こうかなw

おなじみのデンソーさん作ロボット「電王手一二さん」の振り駒には笑いました。
あれたぶん、最初にあの位置に歩が5枚並んでないとダメなんだと思いますが、もしあいこになってたら振り直しできたんですかね?
立った2枚のうち1枚倒れてたら、、と考えると惜しかった?もしかしたら大混乱だったかもw

持ち時間選択、というのはどういう駆け引きがあるんでしょうね。
自分の感覚だと、順番が違うだけならそんなに迷わない気もするんですが高見六段は1000時間悩んだらしいw

会場目線で言うと、1時間が選ばれると2局一気に消化されて後ろに回ってこない可能性が高まるので、この順番は良かったのではないかと思いますね。
5時間から徐々に持ち時間が短くなっていって、もし最後までいったら6時間、ということになりました。

そして、2人とも好青年なのは知ってましたが受け答えが安定していて感心しきり。
特に高見君がニコ生のコメントについて言及していたのはさすが。
あれ、たしかに楽しいんですよね。

理事として初めてニコファーレにうかがったときはとても緊張したのをよく覚えています。
マイクの持ちかたとか、立ち位置とか、話し方とかその後いろいろと考えながらやってました。

彼らは初めてのタイトル戦とは思えない落ち着きで、藤井君みたいでした。ってすみませんw

そんなこんなで、いろいろと楽しみな七番勝負です。

期待値と評価値の違い

引き続き、AIの話題で、僕がよく考えていること。

昨日のエントリの(※)で「期待値」という言葉を使ったんですがたぶんこれはかなり重要なキーワードで、いわゆる「アブストラクトゲーム」である将棋や囲碁にはない概念です。
AIの進化、という文脈で将棋がよく引き合いに出されるようになって久しいわけですが、将棋は理論上必ず解があるゲームなので、ある局面の勝率を期待値で表すということはできません。

実際にはイメージで「先手が55%ぐらい勝てそう」などと表現されることがよくあります。
これは局面ごとに固有の期待勝率があるわけではなく、あくまで自分ならこう考える、という類のもので棋士によって意見が異なることが普通です。
ついでに言うと、そのように自分なりに「考える」「判断する」ということはとても大切です。
将棋世界の「イメージと読みの大局観」というコーナーを思い浮かべると分かりやすいと思います。

将棋ソフトにおける「評価値」もこの類のもので、簡単に言えば、そのソフト自身の形勢判断を示しています。
すこし難しく定義づけすると「それをなるべく高める手を選び続けると結果として勝てることが多い数値」という感じでしょうか。
なぜそうなるのか、理由は人間には不明です。
たぶんAI自身にも不明なのではないかと思います。

そしてこの評価値というのは常に揺れていて、一定ではありません。
読みの深さを変えれば数字は変化するし、AI自身の進歩によっても変動します。
いまある「評価値」はその局面に固有のものではなく、むしろ将来的には必ず変わる(+1か0か-1になる)ことが約束されているものです。
叡王戦とかの放映のとき、評価値グラフが動き続けている絵をイメージすると分かりやすいと思います。

いっぽうバックギャモンにおける「期待値」というのは基本的には変動しないものです。
もちろんAIの進歩によってはじき出される数値に微妙な変化は生じるはずですが、ゲームの本質として、その局面ごとに固有の期待値が存在する、という点において。

バックギャモンの世界では、この局面の勝率は○%、という数字をソフトが示してくれます。
そして、ソフトとの指し手の乖離がトータルで小さいほど、強いプレイヤーであると判断されることが一般的です。
これはゲームの性質上、局面ごとに固有の期待値が存在し、なるべくその数値を高くするようにプレーすることが合理的だからです。
(もちろん実戦ではそれ以外にもいろんな要素・駆け引きが存在します)

将棋の場合、評価値の高い手が良い手である「場合が多い」のですが、これは実はゲームの本質からはかけ離れています。
局面ごとに固有に存在しているのは本来「解」であって「評価値」や「期待値」ではないからです。

 

以上、ちょっとややこしい話だったかもしれませんが、できるだけ平易に書いたつもりなので、ご質問やご指摘があればコメントいただければ幸いです。

ところで、なぜ評価値を高める手を選び続けると最終的に勝てるのか?
ブラックボックスではあるんですが、それを考え続けることで将棋の真理に近づいていける可能性は高いので、これからの棋士は評価値と(も)向き合っていかないといけないでしょうね。